このところ、ときどき胸が痛む。
心ではない。
身体の胸だ。
忘れた頃にやってきては、何事もなかったように消えていく。
そのたびに、ひとつの言葉が頭をよぎる。
もしかしたら、乳がんかもしれない。
母も乳がんだった。
母は言った。
「切ってしまえば治るのよ」
まるで、髪を切りに行くような口ぶりだった。
手術の日。
私は母に付き添った。
「じゃ、行ってくるね」
そう言って笑い、白い廊下の向こうへ歩いていく母の後ろ姿。
振り返ることはなかった。
待っている時間のことは、あまり覚えていない。
ただ、時計の針だけが、やけにゆっくり進んでいた。
手術が終わると、主治医が尋ねた。
「見ますか?」
何をだろう、と一瞬思った。
切り取ったガン細胞だった。
不謹慎だけれど、砂肝のように見えた。
「きれいに切り取れました」
その一言で、ようやく息を吐いた。
その後、母は再発することもなく、元気になった。
「あれね、切ったら元気になるのよ」
そう笑う母は、最後まで潔い人だった。
気がつけば、私は母が病を得た頃の年齢に近づいていた。
胸が痛むたび、あの日の白い廊下が静かによみがえる。
ようやく重い腰を上げて、ブレストケアクリニックを予約した。
マンモグラフィーでは、胸を機械に挟まれる。
ギュギュギュギュ。
横から。
そして上下から。
押しつぶされた大福餅って、こんな気分なのかもしれない。
エコー検査を終え、診察室へ入る。
ドクターは、私の顔を見るなり言った。
「最初にお伝えしますね」
その一言で、心臓がひとつ大きく鳴った。
「安心してください。」
一拍置いて、
「何も問題ありません。」
その瞬間、胸につかえていたものが、音もなくほどけていった。
最初に浮かんだのは、母の顔だった。
帰り道、母の後ろ姿を思い出した。
白い廊下を、
「じゃ、行ってくるね」
と笑って歩いていった、あの日の背中を。
そして、ふと思った。
人は、正体が分からない時に、不安を募らせてゆく。
恐れは、確かめるまでが、一番大きい。
母が私に遺してくれたものは、恐れない心ではなかった。
恐れと向き合う潔さだった。




父親が胃癌を患った時に手術付き添いましたが、終わった時に先生が「2/3ほど残せたので良かったです。あ、ちなみに1/3はこれです」って何の前触れもなく切り取った臓器を見せられて「ヒェッ!」ってなったことを思い出しましたw
テュルンテュルンでした(言わんで良い)