ここ数日、体が重くて、やる気が出なくて、心が静かに沈んでいました。
特別に悪いことがあったわけではありません。
だからこそ余計に、「私が弱いのかな」と自分を責めそうになりました。
特別に悪いことが起きたわけじゃないし、
誰かと衝突したわけでも、仕事がうまくいかなかったわけでもない。
ご飯も作りたくないし、食べたくもない。。。
ただ、沈んでゆくんです、心とカラダが。
こういう時、人は自分を責めやすいものです。
気合いが足りないんじゃないか。
もっと頑張れるはずなのに。
実は友人の中にも、同じように沈んでいる人がいて、
同じ不調を心配してくれた、その友人が電話をくれたりもしました。
何故この同じような時期に、
こんなことが起きてるんだろう、って不思議に思いました。
でも、この文章を書こうと思って、気づいたんです。
これ、6月病じゃないのかしらか、と。
同じような不調を感じている人もいらっしゃるのではないでしょうか。
4月に新しいシーズンが始まり、
5月の連休が終わり、「さあ、やるぞ」という気力もどこかへ消え始めて、
7月の夏休みまで連休がない、
何も特別なイベントがない、6月という時期。
気分が上がらないので、つい気持ちが沈んでしまう。
ところが周りでは誰もそんなネガティブな話題を取り上げません。
なぜなら、見た目に何も起きていないから。
これが6月病。
派手に倒れる権利すら、与えられない不調。
梅雨は気圧が揺れます。
体の中の自律神経は、その変化に反応するのですって。
セロトニンが減り、なんとなく頭が重く、なんとなく気分が上がらない。
「なんとなく」というのが曲者で、
明確な理由がないと、人は自分を責めはじめます。
でも、それは違うんです。
あなたのせいじゃないし、私のせいでもない。
梅雨前線のせいなんです。
マイナビの調査によると、5人に1人が「6月病」を経験しているそうです。
なのに職場ではそれを言い出せない空気がありませんか。
祝日がない。
話題になるイベントもない。
ゴールデンウィークの余韻は完全に消えた。
この「何もない凪」こそが、じわじわと体力と気力を削っていくのだそうです。
対処法として専門家が言うのは、日常から強制的に切り替えること。
映画でも、コンサートでも、少し贅沢な外食でも。
要するに、「いつもの役割」から一時的に避難しろ、ということです。
これを聞いたとき、私は少し笑ってしまいました。
6月病の処方箋が「自分を甘やかせる」だったから。
でも、これは正しいと思うのです。
人は役割の中で生きています。
例えば、親として、会社員として、経営者として、先生として。
その「◯◯として」が積み重なると、「私」がどこかへ行ってしまう。
6月は、その疲れが一気に出る季節。
だから、意図的に「ただの私」に戻る時間を作ることが、
お薬でも根性論でもなく、いちばんまともな対処法なのだと思う。
ちなみに、私はこの文章を書きながら、少し楽になってきました。
書くことも、切り替えの一つなのかもしれませんね。
誰かのための私ではなく、
ただ、頭の中にあるものを言葉にしている素のままの「私」。
あなたはどうでしょうか。
自分を甘やかすことに、罪悪感を持たなくていいと思うと、気持ちが軽くなりませんか。
梅雨は毎年来ます。
気圧が低い状態が続き、変動しやすくなります。
それでもあなたや私が機能し続けているのは、すでに十分すごいことだから。
今週末、何か一つ「役に立たないこと」をしてみませんか。
私? 私は週末、大好きなドライブでもしようかな。
それとも、見たかった映画、マイケルでも見に行こうかしら。
参考サイト:マイナビ https://career-research.mynavi.jp/reserch/20260526_110900/
映画「マイケル」: https://www.michael-movie.jp/




ゆかりっくさん。
こんばんは。
言われてみれば確かに6月病って感覚があるなぁって、思い当たる節もあるのです。
こんなアホな私でも 6月病です❕ って言っていいのかしら?
無理が効かない年齢です。そしてこれから暑くなる、でも肌寒い日もある。若い頃のように順応速度も衰える。
頑張んなくていい、そんな時は寝る。