こんにちは、ゆかりっくです。
Substackが正式に日本語対応しました。
本格的な日本語UI対応は2026年春ごろです。
それ以前も、記事そのものは日本語で書けて、
ニュースレターも発行でき、日本人ユーザーの利用もありましたが、
管理画面、購読画面などは基本的に英語中心でした。
ですので、英語が苦手な人にはSubstackへの参入のハードルは高かったのです。
ところが、2026年春に日本語対応したことで
「普通の日本人が始められる」に変わったんです。
ですので、今、日本においてSubstackは黎明期!
サブスタックは今が黎明期
正直に言うと、ただ日本語が使えるようになっただけなら、私は興味を持たなかったかもしれません。
しかし、直感的なアンテナが立ち、
「もしかしたら、これはこれまでとは違う発信ができるかもしれない」
「繋がりが生まれるかもしれない」
と感じたのです。
そして、私が期待しているのは、その先にある未来です。
もしかすると、これから日本でも「個人メディアの時代」が本格的に始まるかもしれない。
そんな予感がしているのです。
Sabustackは始まったばかりですので、
誰も座っていない最前列の席が空いている状態です。
※2026年6月6日時点の情報です。
「それって何がすごいの?」そんな疑問が生まれますよね。
例えば、2000年前半ごろにブログを書いている人は少数派でしたが、
続けている彼らは後に、インフルエンサーや著者になりました。
2010年頃、Youtubeが出始めた時、
「動画なんて誰が見るの?」と言われていましたが、
今や、巨大資本となり、小学生の憧れの職業はYoutuberと言われています。
noteが広がり始めの頃、まだ書く人は少なかったので、
その頃に発信を始め継続した人は、今や、noteと言えばこの人!と言われています。
私たちは長い間、SNSで発信してきた
多くの人がSNSで発信するようになりました。
X、Instagram、Facebook、YouTube、Ticktok。
多くの人がSNSを利用し、情報を得ます。
アルゴリズムによって、まだあなたを知らない人へ届けてくれます。
「新しい出会い」がそこから生まれます。
中にはインフルエンサーとして活躍する人もたくさんいらっしゃいます。
ただ、弱点として、次から次へと情報が流れて、
よほどの影響力がなければ、信頼を育てることは、なかなかできません。
私自身も様々なプラットフォームを活用してきました。
どれも素晴らしいサービスです。
でも、ずっと感じていたことがあります。
それは、「私たちは誰の場所で、何のために発信しているのだろう?」
ということ。
フォロワーが増えても、アルゴリズムが変われば届かなくなる。
アカウントが停止されれば終わってしまう。
いきなりBANされて、それまでのフォロワーとの繋がりが一瞬にして消えてしまった!
そんな声も聞こえてきます。
どれだけ頑張って発信しても、その場所は自分のものではないから、
運営会社の方針によって、アカウントは停止されてしまう可能性があります。
SubstackはこれまでのSNSと発想が違う
Substackが面白いのは、フォロワーを集めることよりも、
読者との関係を育てることを大切にしているところです。
記事を書けば、読者のメールボックスに直接届きます。
SNSのように、アルゴリズムに評価される必要もありません。
バズらなくてもいい。派手でなくてもいい。
大切なのは、あなたの世界観、価値観、ノウハウなどを、
記事に書いて、あなたのアカウントに読者登録した人に直接、届けることができるのです。
そして、あなたの記事に登録してくれた人のメールアドレスはエクスポートできます。
もし、あなたのアカウントが何らかの事情で消えてしまったとしても、
登録者のメールアドレスはあなたの手元に残ります。
※正し、メールアドレスのエクスポートはこまめに行うことをお勧めします。
さらに、その記事は、タイムラインに流れることなく、
本棚に並べられた書物のように積み上がってゆきます。
Publicationという機能がありますので、あなた専用の本屋さんや出版社ができるようなイメージです。
→ 私のパブリケーションはこんな風に見えます。
日本人に向いているSubstack
私は、日本人は意外とSubstack向きだと思っています。
なぜなら日本には昔から、袖すり合うも他生の縁という言葉や、
お付き合い文化、職人文化などがあります。
茶道や華道もそう。師弟関係もそう。
お気に入りのお店に通い続ける文化も日本人ならでは。
訪問する際の手土産もちょっとした気遣いの文化です。
広く浅くではなく、深く長く。
「末長くよろしくお願いします」という精神性。
日本人は本来、長いお付き合いの関係性を大切にしてきました。
ところがSNSは、どうしてもスピードが求められます。
拡散。反応。数字。常に新しいもの。
もちろんそれも楽しいのですが、でもそのスピード感や、消費感覚に、
少し疲れてしまった人も多いのではないでしょうか。
サブスタックの未来はどうなる?
私は、Substackの日本語化によって、
日本でも少しずつ新しいメディア文化が育っていくと思っています。
注目を集める文化ではなく、信頼を育てる文化。
消費される情報ではなく、積み重なっていく知恵。
若さを競う文化ではなく、成熟を楽しむ文化。
数字を稼ぐ文化ではなく、経験や知恵を分かち合う文化。
AI時代だからこそ、「その人らしい経験値」が価値を生むと思っています。
なぜなら、人生経験だけはAIには作り出すことができないから。
人間らしさが最も伝わりやすいメディア、
それがSubstackの可能性だと感じています。
成熟世代にこそ追い風のサブスタック
特に私は、50代、60代以降の成熟世代にとって、
サブスタックは大きな可能性を持っていると感じています。
人生経験を積み重ねてきた世代の人は、
若い頃のように誰かと競争したいわけではありません。
むしろ、経験してきたこと。
学んできたこと。
失敗してきたこと。
人生の中で見つけた知恵。
そういうものを静かに届けたいという想いを持つ人も多いのではないでしょうか。
実際、50代以上の方々がサブスタックに続々と参入してきています。
Substackは、そうした言葉がちゃんと価値になると感じています。
人生後半は、人生で一番自由に輝ける時期
人生後半は人生で一番自由に輝ける時期だと思っています。
経験もある。知識もある。失敗も成功も味わってきた。
だからこそ語れることがあります。
Substackは、そんな私たちの言葉を伝え、育てていく場所になるかもしれません。
私はその可能性に、とてもワクワクしています。
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ゆかりっく
若さを競う時代から、成熟を楽しむ時代へ。流行より本質。人生後半を、もっと自由に、美しく。





