2026年から2028年に現れる日食について、
Space.comはこれを
「Golden Age of Solar Eclipses」(日食の黄金時代)と呼んでいます。
この記事は、2002年に体験した皆既日食の記憶を糸口に、
2026年から2028年にかけて起こる6つの日食について
スピリチュアルな視点で掘り下げます。
テーマは「手放す勇気」と「闇と光、両極の愛」です。
あなたが今、手放そうとしているものは何か。
読みながら、どうぞ自分に静かに問いかけてみてください。
*長文です。
2002年12月4日 オーストラリアの日食
呼吸を止めていたのは、私だけではなかった。
2002年12月4日。
オーストラリア、アデレードから北へ向かったキャンプ場に、
世界中から2万人の人々が集まっていた。
目的はただひとつ。日食を見るために。
日本から来た仲間たちとテントを張り、
キャンプ場ではマーケットが開かれており、
フェステバル会場では、ファイアダンスや、ライブコンサートが開かれていた。
3日間、私たちはその瞬間をひたすら待っていた。
そして、それが近づいて来た時、
誰かが叫んだ。
「日食が始まるぞ!」
騒いでいた歓声が、一気に丘の上へ吸い込まれていった。
私たちも急いで丘の上に駆け上がった。
月が太陽を隠し始める。
空が、見たことのない色に変わっていく。
青みがかったグレー。
昼なのに夜のような、薄明の世界。
月と太陽が、ゆっくりと重なっていく。
まるで「月と太陽の結婚」のように。
そして、太陽が完全に月に覆われた瞬間、
時間が止まった。
音が消えた。
丘に集まった2万人が、
誰も呼吸をしていないかのように思えた。
私の中の細胞という細胞が、
一気に湧き上がるような感覚に包まれた。
宇宙の中にぽっかりと浮かんでいるような。
静寂の中に浮かびながら、血潮は沸き立っている
整然とした規律の中に、混沌が生じている。
相反する、矛盾した感覚が、同時に、そこにあった。
「手放す」ことでしか、開かれない扉
あの時、何かが呼び覚まされた気がした。
矛盾と混沌の中でしか生じることができない、
深い、深い本能的な何かが。
今、20年以上の時を経て、
あの感覚の正体は何だったのか、
改めて考察してみたいと感じている。
皆既日食で起きていたのは、単なる天体の重なりではない。
太陽という、私たちが当たり前に頼ってきた光、
その「借り物の光」を、自らの意思で手放す瞬間だったのだ。
光を手放す。
方向感覚を手放す。
当たり前だと思っていたものから、離れてゆく。
けれど、その暗闇の中でこそ、
細胞は、宇宙のリズムと同期し始めた。
今、あの時の日食を思い出してみて、気づいたことがある。
これは、私たちが人生のどこかで通る道と、
驚くほど似ているように思えるのだ。
キャリアも、役割も、他人からの評価も、
若い頃は自分を照らす太陽のように、
光に照らされたように感じられる。
けれど、それは、自分自身が生み出した光ではなく、
外から借りていた光でもある。
ある時、それを一度「手放す」時が訪れる。
その時、私たちを襲うのは、光を失う恐怖。
まるで闇の中に落とされてしまうかのような、
底知れない恐れ。
恐れを前にして、私たちは究極の選択を迫られる。
恐れから逃げるのか、闘うのか。
逃走か、闘争かの選択だ。
恐れおののき、逃げたくもなる。
恐れに立ち向かい、闘おうとするものもいる。
しかし、その二者択一でもはなく、
第三の道を探すこともできるのだ。
しばし、立ちすくむ。
その静けさの中で、私たちは気づくのだ。
逃げることも、闘うことも手放し、
ただ、闇を受け入れるという道があることに。
私たちはその闇の中で体感するだろう。
借り物の光の下では見えなかった、
もっと深い自分自身の光が、
闇の奥に隠されていたということを。
光と闇の結婚から生じる命
日食のあの一瞬の宇宙に抱かれた感覚。
それは、まるで温かい子宮の中に包まれていた
胎児のようなものだ。
宇宙の暗闇の中、生まれた小さな小さな新星。
暗闇の中、私たちは忘れていた感覚を思い出す。
何の不安もなく、ただ在るがまま存在していた
純粋な一つの魂だったことを。
私たちは、闇の中で生じ、育まれていたのだということを。
暗闇の中、そこには、ただ、純粋性があるのみ。
やがて隠された太陽が、再び光の一筋を放つ。
けれどそれは、手放す前と同じ光ではない。
一度、闇の中で自分自身の光と出会った後に放たれる光は、
借り物ではなく、内側から放射する光だ。
胎児は母なる胎内から生まれいづる。
暗闇の中から、まばゆい光の世界へと放たれ、
この地上へと生まれ落ちる。
闇は消え、光が溢れる。
日食は、月と太陽の結婚。
そこで生じる闇と光。
その闇と光は、私たちに両極の愛を思い出させる。
すべてを委ね、すべてを手放す、闇の愛。
本質を保ちながら、自らが発光し、周りを照らす光の愛。
母なる胎内である、闇の中で生じた私たちは、
宇宙のチリから生まれた愛の子であり、
光の子であるということを思い出すのだ。
2026年から2028年、日食のゴールデンエイジ
あの2002年の記憶が、今、鮮やかに蘇ってきているのには理由がある。
Space.comはこの期間を「Golden Age of Solar Eclipses(日食の黄金時代)」と呼んでいる。
2026年2月から2028年7月にかけて、3度の皆既日食と3度の金環日食が連続する。
これほど日食が立て続けに起こるのは、本当に稀なことだそうだ。
これから訪れる6つの日食
3つの皆既日食
- 2026年8月12日
スペイン、アイスランド、グリーンランドを横断。ヨーロッパ本土では1999年以来27年ぶり。
- 2027年8月2日
エジプト・ルクソールで最大6分23秒。今世紀最長級と言われている。
- 2028年7月22日
オーストラリアとニュージーランド。南半球で刻まれる宇宙のリズム。
3つの金環日食
- 2026年2月17日 南極上空。
- 2027年2月6日
チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルから、コートジボワール、ガーナ、トーゴ、ベナン、ナイジェリアへ。
- 2028年1月26日
ペルー、エクアドルから南米を横断し、ガラパゴス諸島、大西洋を越えてスペイン、ポルトガル、モロッコへ。
この6つの日食を見る方法は space.comをご参照ください。
完全な暗闇と、光の輪が示す 二つの「愛」のかたち
面白いのは、この黄金時代が、二種類の「愛のかたち」を見せてくれることだ。
皆既日食は、完全な暗闇。光を、一度すべて手放す、闇の愛。
金環日食は、光の輪。太陽は完全には隠れず、光の一部が常に残り続ける。
自分の一部を手放しながらも、本質だけは失わない、光の愛。
これはそのまま、成熟していく過程そのものではないだろうか。
ある時期は、すべてを一度手放す必要がある。
役職、肩書き、これまで自分を支えてきた借り物の光を、
完全な暗闇の中に置いてみる勇気。
それは、闇の愛を生きるということ。
またある時期は、光の輪のように、核となる部分だけを残しながら、
その周りを少しずつ手放していく。
それは、光の愛を生きるということ。
どちらも、直線的な「成長」ではない。
螺旋を描きながら、同じ場所に見えて、少しだけ高い位置に上っていくような進化。
6つの日食が、これから2年間、私たちに問いかけてくること
2年間で6つの日食が連続することは、奇跡にも等しい天体現象だ。
それは、人生における段階的な「リセット」と「再構築」のメッセージのようにも思える。
何を、完全な暗闇の中に手放すのか。
何を、光の輪のように、本質だけ残して手放すのか。
科学では説明のつかない何かが、あの2002年の丘の上で、確かに私の細胞を揺さぶった。
宇宙のリズムと、人間の本能が呼応する瞬間があった。
これからやってくる6つの日食は、
私たちひとりひとりに、同じ問いを投げかけてくるのかもしれない。
キャリアも、役割も、他人からの評価という借り物の光も、
いつかは、手放す時が来る。
あなたが今、手放そうとしているものは、何だろうか。
そして、手放した先に、どのような愛のかたちで、何を残したいだろうか。
よかったら、コメントで教えてください。





「何を手放すのか」という問いを読みながら、私は「答えを急ぐこと」を少し手放したいと思いました。
以前は、早く正解にたどり着くことばかり考えていましたが、最近は問いを抱えたまま過ごす時間にも意味があるように感じています。
日食は空が暗くなる出来事ですが、
人は暗くなった時ほど自分の中の光を探し始めるのかもしれませんねっ🌒✨
素敵な記事をありがとうございますっ !(´▽`)